当社のラジオ番組「水のほほえみ☆ドクターリセラ」での、
私とアシスタントの桑原あずささんとの二人の対談を、書き起こししてご紹介します!
今回は【ドクターリセラの化粧品誕生秘話】について
音声でお聞きになりたい方は、
「水のほほえみ☆ドクターリセラ」ページでぜひご視聴ください!
奥迫
『こんばんは。ドクターリセラ株式会社社長の奥迫哲也です』
桑原さん
「パーソナリティの桑原あずさです。
先週は、会社設立のお話をお聞きしていたのですが、始まりは薬局だったわけですよね。
化粧品を作ろうと思い、さまざまな場所に足を運ばれたけど、なかなか巡り合えず、アメリカで『これだ!』と思う商品に巡り合えたわけですよね。」
奥迫
『はい。』
桑原さん
「そこから今のドクターリセラの製品になるまでを、今日はお教えください。」

ドクターリセラの化粧品誕生秘話
奥迫
『アメリカと日本を行き来している方を紹介してもらったのですが、実はその方は知り合いだったんです。
その方の製品を取り扱うことになったのですが、価格が6品で19万8000円で…。思った以上に高く、これって売れるのかな?と思いました。』
桑原さん
「えー!ちょっと高いです…。」
奥迫
『3か月でしかも消耗品です。
薬局の客単価は、1500円や2000円のレベルなので…。19万8000円で売れるのかな?と思いました。
シミやシワにもアプローチできると伺っていたので、紫外線の強い沖縄にあるエステサロンに電話を掛けました。
「アメリカの肌再生プログラムというのが19万8000円で、もしお客様のシミとか取ることができたらお店で使ってみたいと思いますか?」と聞くと、
約半分のエステサロンのオーナー様が「本当に取れたらね」と返してくれました。
思った以上に、悪い返事が少なかったので、
アメリカの肌再生プログラムを輸入することを決め、全国のエステティックサロンに最初は関西から営業していきました。』

桑原さん
「そうだったんですね。
でも今があるということは、そこで実績を詰まれて本当に皆さんお綺麗になられていかれたわけですよね。」
奥迫
『そうですね。
弊社の会社のスタンスなのですが、やはり社員がまず使用するというところで、創業メンバーの4人がまず使い始めました。
僕らはエステのプロでもなく、当時はエステのことについて何も知らなかったのですが、
使用した自分たちの体験を、エステサロンのオーナー様に伝えにいきました。
ある創業の男性は自分の半顔で、
顔の半分はそのプログラムの化粧品を塗布し、半分は何も塗らないという・・・。』
桑原さん
「実験してくれたんですね。」

奥迫
『そうなんです。
「こっちがビフォー、こっちがアフターです。」と、自分の身体でプレゼンをしてくれました。
もう一人の創業の女性も、自分のプログラム体験前の写真を撮影し、
3か月間使い続け、ここまでになりましたと、写真をお見せしに全国を回りました。』
桑原さん
「もちろん社長も回られたんですよね。」
奥迫
『僕もすごいニキビがひどかったので、
ビフォーの写真を見てもらいながら、僕もこういう風になりましたとお伝えしていきました。
最初は自分たちの体験しかなかったので、それしかできなかったんです。』
桑原さん
「綺麗な言葉で説明されるよりも、「見てください!」が一番説得力があるような気がします。
そして、全国のエステサロンにだんだんと広がっていったということですね。」

奥迫
『そうですね。
最初、兵庫県のエステサロンに500通ダイレクトメールを出して、一番多くて15件反応があったのですが、それで直接説明をしに行って10件の契約につながりました。
「これはいけるぞ」という希望も見えました。』
桑原さん
「15件で10件の契約・・・。今ではもう沢山の店舗があるわけですもんね。」
奥迫
『そうですね。現在は3000店舗超えています。
最初は資金がなかったので、まずは近場の関西からということで、兵庫、大阪、京都、滋賀とちょっとずつ広がっていきました。
桑原さん
「その取扱いサロン様が広がっていくときに、簡単にどんどん広がっていったわけではなかったと思うのですが、
もうこれ無理かもしれないな、、なんて思った時もありましたか?」

奥迫
『ありましたね。
順調に50件まではいったのですが、そこでアメリカとの契約の不備が発生しました・・・。
営業ストップしないといけないと言われたので、「どうしたらいいですか?」と聞くと、「クリニックを作ってください。」と。
「皮膚科専門か、形成外科専門のドクター、専門医をアメリカに2週間呼んでください。」というので、
紹介で東京に探しに行ったり、みんなでドクター探しを行うのですが、2週間アメリカに行ってくれるドクターも見つからず・・・。
営業マンは全員辞めていってしまいました。
「うちの会社はクリニックなんか作られへんで!」や「ここの会社おったらあかんわ!」なお声もあり、営業マンが全員辞めて、半年ほど営業ストップしました。
本当に厳しかったのですが、とある方の紹介でドクターが見つかりまして。
現在もサポートいただいている顧問ドクターの宮原ドクターという方なのですが、アメリカに行ってもらうことになり、
半年間営業できなかったのですが、クリニックができて営業ができるようになりました。
そのようなスタートで、当時顧問弁護士の先生に相談したら、「もうお前やめとけ。」と。
先輩だったのでお前と言われたのですが、「お金返しに全部回れ!!」と言われたこともありました。』

桑原さん
「でもその悩まれていた時を乗り越えて、現在はお取扱いサロン様が3000店舗以上になっていると・・・。」
奥迫
『そうですね。』
桑原さん
「素晴らしいですね。では、来週も社長から色々お話を聞いていきたいと思います。」
奥迫
『ありがとうございました。』
音声でお聞きになりたい方は、
「水のほほえみ☆ドクターリセラ」ページでぜひご視聴ください!

