成長により対応を変える(2017年6月19日の朝礼より)
フィロソフィーの前に、
昨日BEATという番組が放映されましたので、皆さん見てみてください。
BEAT ドクターリセラ株式会社
http://www.ytv.co.jp/beat/?bcid=5468928442001&history=2&time=1500517761996
関西の活躍する企業ということで紹介してもらいました。
会社説明会の冒頭で流すなど、いろんなところに
使えますので、これだけで終わらせず活用してもらえたらと思います。
フィロソフィーに戻ります。
成長により対応を変えるという項目です。
今日は来る途中に車で考えてきました。
まず、リセラウォーターは何年前の水でしたか?
2000年前です。
2000年前は誰が生まれた年ぐらいだと思いますか?
イエス・キリストの時代です。
イエス・キリストの時代に、2000年前の水って
言葉では言うけどどういうことか考えたことがありますか?
古いんじゃん、と思うかもしれません。
2000年前の水ってなんだろうと考えて調べたときに、
「2000年前に表層にあった水」なんだそうです。
大気汚染とかがない時代です。
水がどんどんと世界の大循環、海の流れによって、
だいたい1年間に1メートル沈んでいくんだそうです。
ちょっとずつ沈んでいって、1400m前の水の
水年齢を測定したら2000年前の水です。
1400mは真っ暗な世界ですから、そこは光合成も
行われないのできれいな水が保たれているということです。
2000年前、イエス・キリストの時代に表層にあった水、
私達はそういう水を使っているのですが、
水年齢は放射性炭素の量でわかります。
名古屋大学で調べてもらって、放射性炭素の量で
水の年齢が、いつに表層にあったかがわかる、2000年前の時代です。
さらに遡ること500年くらい前、この時代はお釈迦様の時代です。
お釈迦様と、「成長により対応を変える」というのが
僕はちょっとお釈迦様のことを思い出したので
このことを話しておこうと思います。
お釈迦様は2500年前に王族の息子としてインドで生まれました。
そしてお釈迦様がずっと宮殿の中で育っていく中で、
いい環境でインドで育ちましたが、外に出る機会があり、外に出たときに、
病気の人、道で倒れてる人、
今まで見たことのない汚いものとかを見て、
外の世界はこんなふうだったのかと、
真理を知りたくて18歳のときに出家をしました。
身分を捨てて外に出て、世の中の真理、
何故生きるのか、何故死んでいくのか、
そういうことを知りたいという欲求を抑えられずに18歳のときに出家されました。
それからいろんなことをやるのですが、
自力、断食をしたり、いろんなことをするけどわからない。
そのときに、ガリガリになって死にそうになったときに
助けてもらったのがスジャータという人でした。
コーヒーフレッシュの商品名になっています。
スジャータという娘に乳粥をもらって息を吹き返したという伝説があります。
それからやはり、自分を追い詰めて断食をしても
悟りを開けないということで、
ブッダガヤという場所があって、ブッダガヤの
菩提樹の木の下で座禅を始めました。
ここで自分は絶対真理を、悟りを開くということで、
菩提樹の木の下で何日間か座って悟りを開いた。
真実がわかった、世の中の仕組みがわかったというところで、
今度迷ったのが、それを人に伝えるべきか伝えないべきか。
人に伝えてもおそらく理解してもらえないだろうと、
それだけ自分が労力をかけても無駄だろうと、伝えない選択をしかけましたが、
最終的にはそれを伝えていくというときに、対機説法が有効と感じました。
これはどういうことかというと、
その人の成熟度というか、その人のレベルに応じて
説き方を変えるということで、それをはじめました。
対機説法の中のいろんな説き方がいろんな宗派に分かれて、
仏教というひとつのところから「◎宗」「◎宗」と分かれて、
それを弟子が「お釈迦様がこう言っていた」と書き留めたものが
7000とか8000の巻物に残されて、今いろんな宗派に分かれています。
お釈迦様も悟りを開いたときに人によって説き方を変えたわけです。
私達も人によって言い方を変える。
僕の場合だと、いろんな講演の機会もたまにありますが、
全部1から10まで完成させて講演することはあまりしません。
骨組みだけ作ってタイトルだけつけておきます。
そこで、そこにいる人、聞く人が女性が多いのか男性が多いのか、
退屈そうなのか、真剣に聞いてもらえそうなのか、
あまり退屈そうにしていたらしょうもない冗談を言ったり、
女性が多ければ女性に合わせた話をしたり、
若い人が多ければ若い人の話題をあわせて、
そんな感じで講演を意識してやっています。
このフィロソフィーというのは僕が作ったのは
前回のフィロソフィーのときに話したと思いますが、
野村克也さんの言葉をベースに作ったのがこのフィロソフィーです。
野球の監督で元楽天とか、いろんなところで監督をして、
今の大リーグの田中将大さんを育てたと有名です。
野村監督がいろんな本を出されています。
初めてリリーフを作った、最初に江夏豊、当時は先発の担当が花形だったのですが、
リリーフということで、転職じゃないけど、
そういうことを野村再生工場と言われていました。
ダメになりかけたものを再生する、能力を引き出すのが有名な人です。
野村監督が田中将大さんを育てたときの話で、
人の育て方は3段階に別れるとおっしゃっていました。
野村監督は体育会系なので表現がまた違いますが、
一段階目は無視する、二段階目は賞賛する。三段階目は叱る。
無視というのは誤解を招きそうですが、
黙って見守るということです。
最初の段階でほとんど何もわかっていない人にすごいねすごいねと。
最初はあたたかく黙って見守る。
赤ちゃんでも一緒かと思います。
その次に物心ついてきた頃に褒める。
でも褒められる段階は半人前です。
田中将大さんが日本にいた頃はそうでした。
「まーくんのおかげで今日は勝てた」とか野村監督が
野村語録を、野村監督はおもしろいことを言うので、
インタビュアーが野村監督のところに行って
毎回恒例でした。
「まーくん、神様仏様まーくんだ」と言っていました。
大リーグに行く直前になると一人前になると厳しいことを言っていました。
「あの一球は馬鹿だ。あの一球を投げるのは、まだわかっとらん」と、
厳しいことを言っていました。
叱られてやっと一人前、褒められるだけはまだ半人前と思って、と
本に書かれていました。
人によって対応を変える、お釈迦様の対機説法、
野村監督の三段階という形で、
僕たちも人によって、悪い意味ではなく、
その人に合わせた中で話をして、より理解してもらって、
より響くようにというところで、
ひとつのマネジメントというフィロソフィーです。
