• 中野 裕弓

センス・オブ・ユーモア

こんなお話を聞きました。
90歳近いお母様は礼儀正しい古き良き日本の女性。
でも正しいと思ったことの押し付けが強くて、50代の娘さんたちにもいまだにかなり厳しく当たっている様子。

長年の習慣で反論も反発することもできずまだまだ体力的にも精神的にもお元気なお母様に押し切られ、母親だから仕方ないとあきらめの境地。
でも、悶々とする毎日を送っているとのことでした。

若い頃はいろいろ反論もしたそうですが、もう何を言っても言い負かされるのでできるだけ避けるようにしている、とのことでした。
自分の言うことは全て正しいと思い込み、他人を批判することがうまく何でもかんでも押し通してくる年配の方たち、いらっしゃいますよね。

多分、その方たちは若い頃からそういう環境、社会常識の中で生きてきたのだと思います。
昭和のあの頃はそういう時代でした。
だからこの年齢になったら子は親に従って当然でしょ、と思っていらっしゃるのだと思います。

なぜお母様がいまだに過干渉するのか考えてみました。
自分は親だから子どもたちを正しく導かなければいけない、いくつになったとしても、という責任感かもしれません。

今までいろいろ面倒見たのだから、これからは親孝行に徹するべきという義務感の押し付けなのかもしれません。

いずれにしろ、今の多様性を大事にする時代でそれでは窮屈です。
次第に子どもたちやお孫さんたちも近寄らなくなってくることでしょう。
煙たいお年寄りになっていくなんて悲しいです。

お母様がご存命でまだまだお話が通じているときに、親子間のわだかまりを少しでも解消したほうが良いのではと思いました。

それはお母様を説得することでも新しい考えを押し付けることでもありません。
相手をあるがまま受け入れて、相手の気持ちを理解しようと歩み寄り、どんなときも相手のプライドを傷つけないユーモアのセンスで、場の雰囲気を変えるのです。

磨かれた上質なユーモアのセンスは、関わる人全てを幸せにします。
悲しみを笑顔に変えることもできるし、力を落とした人を元気付けることもできます。

若い頃過ごしたイギリスではお食事が終わると、一人一人が自分なりのユーモアのセンス、ジョークを皆さんに披露して場を和ませていました。
厳しい出来事や辛い問題も、ユーモアで包むと、寛容な気持ちで受け入れる余裕が出るのです。

日本では日常の生活の中で、ユーモアのセンスを磨くことにあまり注目していません。
それはお笑いで人をこき下ろしてみたり、恥ずかしめたりすることとは違います。

相手をそのまま受け入れて、なおかつ大きな愛と思いやりで包んでしまうようなものでした。

例えば、義理のお母さんとの関係、これは日本でも英国でも微妙な話題。
日本ではなかなかそれに面と向き合うことはなく一方が我慢してしまうなんてことがありました。
あちらでは、それをもユーモアをもって「大変なんだけど、それってアルアルよね〜」という感じに笑いで流して言っていました。

そうすれば、誰のプライドを傷つけることもなく、物事を軽く明るく考えることができるようになります。

センスオブユーモアという言葉を初めて聞いたのは今から50年も前。語学と生活の勉強のために渡ったロンドンでした。

郊外のお宅で初めてお目にかかったその方は上品な白髪の小柄なおばあさま。
彼女は92歳。
コテージに1人でお住まいでした。
ロングスカートとかわいいエプロンの姿は、まるで童話の物語。
小柄な彼女のエレガントな所作が素敵で思わず見とれていました。

「お年は92歳と伺って驚きました。どうしたらこんなに溌剌とお元気でそしてこの家にお一人で楽しそうに暮らしていけるのですか?」

彼女はいたずらっぽく、にこっと笑ってこうおっしゃいました。
「そう見えるのは嬉しいわ。今までの長い人生、戦争や、愛する人との別れなどいろいろあったけれど、今が楽しく見える秘訣があるとしたら…

Torelanceとsense of humor!かしら」

トレランス 寛容と包容力
そしてユーモアのセンス

究極のセンスオブユーモアというのはね、失敗して無様な姿を見せてしまった自分をもユーモアのセンスで暖かく包んで受け入れてあげることなの」

そのときは、その意味がぴんとこなかったけれど今ならわかります。

極上のユーモアのセンスは緊迫した状況を和やかにしたり、みんなの緊張感を和らげ、皆の顔に笑顔をもたらすことだと。
冒頭にお話しした姉妹は、お母様と会話が続いているうちに、ユーモアのセンスを磨いて、お母様との関係を修復しようという思いを持って帰っていかれました。

グッドラック!

2026.5.15
Romi

SNSSHARE

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COLUMNIST
中野 裕弓
人事コンサルタント
ソーシャルファシリテーター
中野 裕弓
HIROMI NAKANO
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19歳で語学研修のためロンドンに渡り、その後9年に及ぶ英国生活を経て、
東京の外資系銀行、金融機関にて人事、研修などに携わる。

1993年、ワシントンD.Cにある世界銀行本部から、日本人初の人事マネージャー、人事カウンセラーとしてヘッドハントされ世界中から集まったスタッフのキャリアや対人関係のアドバイスに当たる。

現在は一人ひとりの幸福度を上げるソーシャルリース(社会をつなぐ環)という構想のもと、企業人事コンサルティング、カウンセリング、講演、執筆に従事。 また2001年に世界銀行の元同僚から受けとったメッセージを訳して発信したものが、後に「世界がもしも100人の村だったら」の元となったため、原本の訳者としても知られる。

「自分を愛する習慣」をはじめ、幸せに生きるためのアドバイスブックや自分磨きの極意集、コミュニケーションスキルアップの本など著書多数。

2014年の夏、多忙なスケジュールの中、脳卒中で倒れ5ヶ月の入院生活を経験する。
現在はリハビリ療養の中で新しいライフスタイルを模索中。脳卒中で倒れたことが人生をますます豊かで幸せなものにしてくれたと語る。

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