• 中野 裕弓

金魚鉢の鯉

ある時、友人がお母さんと経営していた小さな喫茶店に行く機会がありました。

駅前にあったその店はカウンターだけの小さな喫茶店で真ん中にアルファベットのJの形をしたカウンターがありその周りに椅子が八脚だけ。
友人とお母さんのお人柄でいつも賑わっていました。

そのJの形のカウンターには同じくJの形をした幅15センチほどの金魚の水槽がありました。

コーヒーを飲む目の前を小さな鯉やメダカがスイスイ泳いでいくのをずっと見ていられます。
楽しくて話も弾み常連さんが多いのもうなずけます。

その喫茶店の常連さんの1人が魚の水槽を扱う仕事をしていて、そこでJの形をした特注の水槽を作ってもらったのだそうです。

私の後方、つまり道に面したところにはお料理屋さんのいけすのような大きな水槽がありました。
お店の外からも中からも見える大きな水槽には大型の鯉が何匹も泳いでいました。

何も深く考えず、私は友人に聞いてみました。

「カウンターの水槽の小さな魚たちはどれぐらい経つとあの水槽の魚位になるの?」

魚の習性を全く知らなかった私は、彼女の答えにびっくり!

どちらの水槽の鯉も初めは同じ小さなサイズで、同じときにお店に来たというのです。

でも今では明らかに大きさが2倍3倍違います。
え?餌が違うの?

彼女は続けます。
鯉というのは自分が泳ぐ周りの大きさに合わせて大きくなっていく習性があるのだと。

つまり目の前のカウンターの鯉はここにいる限りいつまでたってもこのサイズということ。

自分の泳ぐスペースに合わせて大きさを変える…魚がそんなに賢いとは知りませんでした。

私は自分の無知さ加減を恥ずかしく思いながらもいろいろ考えをめぐらしました。

それって人間も同じではないかしら。

自分がいままでいた環境と経験からくる考え方で生きる世界の大きさが決まってくるのでは?
もしも自分がいるところが小さな金魚鉢だとしたら、その環境に慣れてしまいどれだけ経っても金魚鉢をぐるぐる回るだけ。

でも大きな水槽に移されたり、あるいは池に生息するようになったら、自由に自分の行動の大きさが決められる、素敵だと思いませんか。

自分の育った環境や今までの人間関係の中にがんじがらめになっていたら、その人はいつまでたっても発想を広げられません。
その環境に甘んじて、自分の本当の気持ちを打ち明けたり、自由に冒険することも怖くなります。

例えば、親にいろいろ言われて大きくなってきたとしたら成人して何年も経つというのに、いつの間にか親や周りの他人が作った世界観に囚われてしまうでしょう。

加えて、
金魚鉢の外側にはこんな教訓の立て看板がいっぱいかもしれませんね。

働かざるもの食うべからず、
正直者は馬鹿を見る、
周りの人に気に入られるように、
冒険は危険、無難が1番、
常に自分より他人を優先に
自己犠牲は美しいこと、、、etc.
いろいろありますよね。

小さいときから周りの大人にいろいろ言われてきたことが、実はその人の金魚鉢の大きさを作って、その人の世界観を作っていってしまうのです。

育った環境や今までの経験が違うとはいえ、親が何げなく口にした価値観がその子の生き方の指針・世界観を作っていくなんてびっくりです。

あなたは何やってもグズね、
長女なんだから親の面倒みなさい、
とにかくお金持ちの結婚相手を見つけなきゃだめよ、
自分の自由意志より、人に気に入られることが1番大事

いろいろありますよね、立て看板。

自分の好きなことを自由に選ぶ、自分を大切にするなんていうことは考えられないかもしれません。

今まで他人の価値観の中に囚われて金魚鉢に住んでいたと気づいたら金魚鉢を出て池や川に戻りましょう。
いつからでも大丈夫。

「でも怖いんです。今まで無難に過ごしてきたこの小さな金魚鉢から出るのは怖いです」という声が聞こえてきそうですね。

勇気を持って池に出た人を知ってるけど、途中でいろいろ大変そう、でやっぱり無難が1番だと思ってしまうという人も。

確かに池の中は他の魚もいっぱいいるし、水藻も生い茂っているかもしれない。
迷子になることもあるけど、でも自分を信じていれば大丈夫。

もちろんあなたが今のままでいいとするならそれも人生だと思います。

勇気を出して自分らしく生きる、自由を味わうこともあなたの選択肢にあります。
勇気を出した見返りは大きいです。
お楽しみに。

人生は1度限り。
焦る必要は無いけれど、金魚鉢にとらわれてるなぁと思ったら、広いところで泳いでみるやり方を探ってみるのもいいかもしれませんね。

駅前の小さな喫茶店の水槽がいろいろな生き方を考えるきっかけになりました。

2026.4.30
Romi

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COLUMNIST
中野 裕弓
人事コンサルタント
ソーシャルファシリテーター
中野 裕弓
HIROMI NAKANO
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19歳で語学研修のためロンドンに渡り、その後9年に及ぶ英国生活を経て、
東京の外資系銀行、金融機関にて人事、研修などに携わる。

1993年、ワシントンD.Cにある世界銀行本部から、日本人初の人事マネージャー、人事カウンセラーとしてヘッドハントされ世界中から集まったスタッフのキャリアや対人関係のアドバイスに当たる。

現在は一人ひとりの幸福度を上げるソーシャルリース(社会をつなぐ環)という構想のもと、企業人事コンサルティング、カウンセリング、講演、執筆に従事。 また2001年に世界銀行の元同僚から受けとったメッセージを訳して発信したものが、後に「世界がもしも100人の村だったら」の元となったため、原本の訳者としても知られる。

「自分を愛する習慣」をはじめ、幸せに生きるためのアドバイスブックや自分磨きの極意集、コミュニケーションスキルアップの本など著書多数。

2014年の夏、多忙なスケジュールの中、脳卒中で倒れ5ヶ月の入院生活を経験する。
現在はリハビリ療養の中で新しいライフスタイルを模索中。脳卒中で倒れたことが人生をますます豊かで幸せなものにしてくれたと語る。

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