• 中野 裕弓

JRに現れた5人の騎士(ナイト)たち

先日こんな嬉しいことがありました。
車いすユーザーは電車に乗車するとき、改札口でホームでの介助をお願いできます。

皆様も駅でよくみかけると思いますが、駅員さんに乗り口にスロープを置いてもらい車椅子の乗り降りをスムーズにします。 
加えて下車する駅では駅員さんがスロープを持って待っていてくれます。

お忙しい中、わたし1人のためにホームまで上がってきて介助してくださる駅員さん達にはいつも感謝です。

その日、わたしはJRで出掛けての帰り道。
乗車するときにすでに降りる駅には連絡が行ってました。

ところが駅に着いたとき、そこに駅員さんの姿がみえなかったのです。
今までの長い車椅子移動生活でこんなことは1度もありませんでした。

驚いて思わず独り言が漏れていまいました。

「あら〜どうしましょ。お迎えが来ていない…」

電車からホームに降りるにはちょっと段差があったのです。

その時、時間は午後2時ごろ。
車内は空いていて乗ってる人も少なく、あちこちにポツンポツンと座っていました。

私の独り言が聞こえたのか
ビジネスマン風の男性たちが5人無言であちこちで一斉に立ち上がり、わたしの車椅子に向かって駆け寄りました。

そしてあっという間に私を車椅子ごと持ち上げてホームにそっと下ろしてくれるチームができていました。
あまりにもスムーズなオペレーション!まるで前から打ち合わせをしていたような感じ。

フラッシュモブ?
ご存知ですか?

「フラッシュモブとは突然、不特定多数の人が公共の場に集まり、ダンスや演奏などのパフォーマンスを行い、観客を驚かせた後に、何事もなかったかのように散っていくゲリラ的なイベントのこと」

あの場はまさに車椅子介助というフラッシュモブだったと思うのです。笑
あれよあれよという間に神輿に乗ったお姫様のように運ばれてホームに降りたようななんだか不思議な気分。

すぐ車椅子の向きを変えて、ドアが閉まろうとする電車を見ると
もう一瞬にしてまたそれぞれの席に散っていました。

そしてみんな何事もなかったように自分自身の世界に戻っている感じでした。

私は走りゆく車両のかっこいいパフォーマンスをしてくれたナイトの皆さんに深々とお辞儀をしました。

すべて一瞬の出来事でした。

私は大騒ぎをしたわけでもないし、声高に助っ人をお願いしたわけでもないし、その方たちに誰かが号令をかけてヘルプを募ったわけでもないし、全てが無言のままスムーズに流れたのは、まるで舞台の上のパフォーマンスのようでした。

そして気がついたのです!
なんと私はお願いしていた降車駅の1つ手前の駅で間違えて降りてしまったことを!

何ということでしょう!

その駅もよく使うので、何の疑問も持たずに降りてしまったのです。
あら〜自分の勘違いに赤面する思いでした。

すぐにエレベーターを降り、改札口に行き、自分の間違いを伝え、次の駅で待っているに違いない駅員さんに「予約した車椅子の乗客は降りて来ません」と伝えてもらうように依頼しました。

少し前に起こった不思議な?
出来事を振り返りながら、暖かい思いでそのまま車椅子で帰路につきました。

そして
もう二度と会うこともない、誰だかわからない5人のナイトたちにどうにかお礼を伝えたいと空に向かって祈りました。

先ほど私に親切を届けてくださった5人のジェントルマンに神様のご加護…と。
こんなとき、人智を超えた何か大きなものに祈ることができるというのは本当によかった、幸せだなと思いました。

“そのジェントルマンたちにこれからも幸せなことがいっぱいありますように…。”

自分の降りる駅を間違えてしまった私も相当ドジですが、こんなに素晴らしい人々の真心を感じることができたのは本当に幸せでした。

人間って本来困ってる人、助けを求めている人のことも我がことのように対応する愛の存在なのですね。
11年前に脳卒中で障害者になって以来、車椅子は私の足の代わりですが、この車椅子が引き寄せる愛の連鎖にいつも助けられて感動しています。

全てにありがとうの気持ちです。

2025.12.11
Romi

SNSSHARE

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COLUMNIST
中野 裕弓
人事コンサルタント
ソーシャルファシリテーター
中野 裕弓
HIROMI NAKANO
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19歳で語学研修のためロンドンに渡り、その後9年に及ぶ英国生活を経て、
東京の外資系銀行、金融機関にて人事、研修などに携わる。

1993年、ワシントンD.Cにある世界銀行本部から、日本人初の人事マネージャー、人事カウンセラーとしてヘッドハントされ世界中から集まったスタッフのキャリアや対人関係のアドバイスに当たる。

現在は一人ひとりの幸福度を上げるソーシャルリース(社会をつなぐ環)という構想のもと、企業人事コンサルティング、カウンセリング、講演、執筆に従事。 また2001年に世界銀行の元同僚から受けとったメッセージを訳して発信したものが、後に「世界がもしも100人の村だったら」の元となったため、原本の訳者としても知られる。

「自分を愛する習慣」をはじめ、幸せに生きるためのアドバイスブックや自分磨きの極意集、コミュニケーションスキルアップの本など著書多数。

2014年の夏、多忙なスケジュールの中、脳卒中で倒れ5ヶ月の入院生活を経験する。
現在はリハビリ療養の中で新しいライフスタイルを模索中。脳卒中で倒れたことが人生をますます豊かで幸せなものにしてくれたと語る。

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