• 中野 裕弓

チャレンジ

 

 

こんにちは、ロミです。

 

 

4月は入学した学生の皆さん、今春 社会にデビューした方だけでなく、
誰にとっても気分を一新する時期ですね。

今日のコラムのテーマは「チャレンジ」
人生において新しい何かにチャレンジするにも4月はいい時期です。

今まで経験のない体験、
あれこれ言い訳をつけて日を延ばしてきたこと、
今よりちょっと背伸びするようなこと、

どれも今 チャレンジしてみることで、
あなたの意識と可能性は大きく広がり、
今後の人生は大きく飛躍します。

「チャレンジ」という観点から
私も今までの人生を振り返ってみました。

 

 

私が初めて自分の意思で人生のチャレンジに挑んだのは19歳。
短大を休学してロンドンに語学の研修に旅立った日でした。
それは今から40数年前のこと!

横浜の実家を出て家族と離れて生活するのが初めて、
飛行機に乗るのも初めて、
知っている人もいない、
言葉もうまく通じない、
食べ物も習慣も風土も違う異国。

1972年当時は円の為替価値も低くて、
日本の国としての力も世界の中での存在感も薄い頃でした。
(余談ですが Made in Japan は当時 安かろう、
悪かろうの代名詞、技術の要らないローテクで壊れやすい土産物
というイメージでした。それがその20年後にはその全く反対の代名詞で、
質のいいハイテクの優良品で、
世界中の誰もが欲しがるステータスシンボルになったのだから日本の底力に驚きです‼︎ )

 

 

 

さて英国の何もかも目新しい環境で、
感性も意識も大きな刺激を受けました。

当然インターネットなどのない時代、
国際電話はとても高額で学生には手が届かなかったので、
日本まで片道7日かかる航空便エアーレターだけが心の支え。

結局、当初1年の予定は2年に延び、
その間はもちろん一度も帰国せず、
若いマインドはどっぷり英国風に染まった気がします。

嬉しいことも、驚くことも、辛くて泣いたこともたくさんありました。
でもまだ女子が単身で海外に生活することが珍しい時代、
たった一人で遠い国に飛び出した決断・チャレンジはあっぱれと思います。

あの時はただただ必死でその日、
その場をこなした感がありますが、
七転八倒から「とにかくやってから考えよう〜」
チャレンジ精神を手に入れたのかも知れません。

英国では目標の語学習得はもちろんですが、
若いときに異国でマイノリティ(少数派)を経験したことが
その後の私の人生で大きな財産になりました。

それまでは周りはほぼ同胞日本人で、
いわゆる日本人の“常識”の中で、
お行儀よく周りに追従して入ればとりあえず
“無難な”暮らしが保証されていた日本の社会から、
私の全てが異質となる環境での少数派の立場での体験は、
【自分自身の感覚を信じて】、
【本音の気持ちをごまかさず生きる】基礎ができたのだと思います。

今の若い人にも 自分と考えの違う人の気持ちを理解するためにも
是非マイノリティの貴重な経験をお勧めしたいと思います。

あの英国での人生最初のチャレンジを振り返ってみると …

気持ちの上では期待と勇気のアクセルのみ、
躊躇するブレーキも、不安で迷うバックのギアもありませんでした。
「うまくいかなかったら、失敗したらどうしよう」
なんて全く考える余地はありませんでした。
そして「案ずるより産むが易し」を実感しました。

チャレンジする気持ちは、
歳を重ね 社会経験を増やしていくと
なぜか「恐れ」「躊躇」の気持ちが勝ってきます。
「今さら失敗したら怖い」「恥ずかしい」など人の目も気になります。

でも 実はチャレンジには「失敗」はあり得ません。

あるアクションを起こしたことで
ある結果が出たというだけのこと。
また望む結末に向かっていく道の選択肢の一つが完了したということ。
そう考えたらトライするのにハードルが低くなりませんか?

「人生は“成功するため”にあるのではなく、
チャレンジすることによって
人生という“深遠なゲームに参加すること”に意義がある」

さあ、今月は自分の現状の可能性を広げ
その後の人生を大きく飛躍させてくれるチャレンジを探して気楽にトライしてみませんか?

ちっちゃな勇気の先には、大きなご褒美が待っています!

ロミ

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COLUMNIST
中野 裕弓
人事コンサルタント
ソーシャルファシリテーター
中野 裕弓
HIROMI NAKANO
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19歳で語学研修のためロンドンに渡り、その後9年に及ぶ英国生活を経て、
東京の外資系銀行、金融機関にて人事、研修などに携わる。

1993年、ワシントンD.Cにある世界銀行本部から、日本人初の人事マネージャー、人事カウンセラーとしてヘッドハントされ世界中から集まったスタッフのキャリアや対人関係のアドバイスに当たる。

現在は一人ひとりの幸福度を上げるソーシャルリース(社会をつなぐ環)という構想のもと、企業人事コンサルティング、カウンセリング、講演、執筆に従事。 また2001年に世界銀行の元同僚から受けとったメッセージを訳して発信したものが、後に「世界がもしも100人の村だったら」の元となったため、原本の訳者としても知られる。

「自分を愛する習慣」をはじめ、幸せに生きるためのアドバイスブックや自分磨きの極意集、コミュニケーションスキルアップの本など著書多数。

2014年の夏、多忙なスケジュールの中、脳卒中で倒れ5ヶ月の入院生活を経験する。
現在はリハビリ療養の中で新しいライフスタイルを模索中。脳卒中で倒れたことが人生をますます豊かで幸せなものにしてくれたと語る。

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